『 予想内 』
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 私が化粧室に行って戻ってくると、大抵の場合、晶くんはお会計を済ませている。
「あ、ごめんね。」
 財布を取り出す私を笑顔で制して、おれが持つよ、とレジの方を向く。
そういうスマートな動作を見ると、結構 格好いいなと思ったりするのだけれど。
 私は知っている。
この人は、本当は結構おバカだ。

 いつもの喫茶店を出ると、駅前の公園まで私達は並んで歩く。
 季節は、すっかり秋になった。
今年の初めに晶くんと出会ってから、もうあとすこしで1年が経とうとしている。
はやいものだなあ、と溜息をつくと、それは白い空気になって風に融けていった。
 黄色と赤の街路樹の下を、出来るだけゆっくりと歩く。
駅前の公園までたどり着いたら、晶くんは電車でバイト先に行き、私は近くの自分の部屋に帰る。
そこでお別れなのだ。
…だから、できるだけゆっくりと歩く。
晶くんは私に歩調を合わせてくれるので、うんと、ゆっくりと歩く。

「舞 お前歩くの遅いよ」
「ゆっくり歩こうよ」
「寒い」
「情けないなあ…」

 私達をつなぐ関係は、お互いの恋敵をなんとかしようという協力関係であって、
恋人同士なんかじゃないし、セフレとかでもない。 いたって健全な『友達』。
そしてそれは、私が苦し紛れで偽装した、仮初めの協力関係だ。
 私達は、今年の初めに、共通の友達である和也を介して知り合った。
初めて会ったときに、私は晶くんを『ちょっといいな』と思った。
彼女はいないと和也から聞いていたから、お近づきになりたいなあと思った。
だけどすぐに気がついた。
晶くんは、和也の彼女に恋をしていた。

 手をつないで歩く2人のそばを、なんでもない顔を装いながら並んで歩いて。
そのポーカーフェイスはとても上手なんだけど、
煙草吸ってくる、と離れては、すごく沈んだ顔をして、もう、見ていたら痛いくらいにバレバレなのだ。
とても、私から和也にそのことは言えないと思っていたら、
驚いたことに、和也も、和也の彼女も、その事には全然気がついていなかった。

 だから私は、和也と共謀して、ひとつ下手な芝居を打つことにした。
恋愛相談から恋に発展するケースは多いらしいというので。
私は、『和也に片思いしている』という事にして。
私と晶くんは、お互いに恋愛相談を持ちかけられる協力関係となったのだ。

 私が相談を持ちかけて、くだらない作戦を考えて、それを和也に実践するフリをする。
和也は当然いきさつを知っているので、作戦はうまくいかない。
しかしすべては私の予想内の出来事だ。
和也は笑って、私達をくっつけようと協力してくれる。

 そうしているうちに、またすぐに気がついた。
…この人、結構おバカだ。
それに鈍感。
全ー然気がついてくれない。
しかも、私ばっかり作戦練ってたらおかしいかなぁと思って、何かないのって聞いてみたら、
「つり橋作戦」とかいうの。 思わず笑ってしまう。

 静岡に温泉旅行に行ったら、なんとかというつり橋で、
『キャー こわーい』とか言って、晶くんにしがみついてみようか。
そうしたら、ちょっとはドキッとしたりするのだろうか。
出来ないだろうなー、私みたいな女がそんな事したら、多分普通に気味悪いだろうな。

 そんな事を考えていたら、すぐに駅前の公園についてしまった。
いつもの、私達の分岐点だ。
「あー、バイト行きたくねーな」
首をすくめて、晶くんが笑う。
ふわふわとした茶色い髪が、冷たい風にゆらゆら揺れる。
 ――行かなきゃいいじゃん。
私はその一言がいえない。
 ――あたしんち来る?
だめだ、絶対言えない。

 はらはらと舞い落ちる真っ赤なもみじの一枚が、晶くんの後頭部に不時着した。
「もみじ、ついてるよ。」
それをとってあげようと晶くんの髪に触れて、
「あ、サンキュ」
ひとり、心のなかで歓声をあげる。

 ――今ここで好きですって告白したら、晶くんはどんな顔するだろうか。
きっと振られるだろうなぁ。
かんたんに、予想できるもの。

 そして、それを予想内の出来事だと笑えるほど、私はきっと強くない。
「じゃあな」
そう言ってバイトに出かけて行く晶くんの、茶色いジャケットを着た後ろ姿を、じっと見つめる。
振り向くことのないその背中が、どんどん遠くなっていく。

私は、今年も残りあとわずかになった携帯電話のカレンダーを見て、またひとつ白い溜息をついた。

 

 

2009.12.08 Update.

  


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