『 せいちょうものがたり 』
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 おれは絶望の淵に居た。
見渡す限り、周囲には累々と仲間の死屍が横たわっている。 
右を見ても、左を見ても、同じ光景だ。 ああ、やはりこの上陸作戦には、もとより無理があったと言わざるをえない。
 仲間達を思ってしばし瞑目するおれの耳に、遠く声が聞えた。
「ビフィード!生きているか。」
 おれの名前を呼ぶ声だ。 どうやら、このくそったれた戦場で、おれのほかにもまだ、生き残ってるやつがいたらしい。
「ここだ。 誰か生きているのか!」
 果たして、生き残りは別働隊のブルガリアだった。 おれたちの部隊より一足先に、突入した隊だ。 おれたちはしばし再会を祝い、暗い戦地を連れ立って、一歩、また一歩と進んでゆく。
「よく生きていてくれた。」
「お前もな。 はてさて、本当に、死ぬかと思ったぜ」
 ブルは努めて明るく笑ってみせる。
「過酷な任務とは知っていたが、ここまでとはな。 ずいぶん仲間を失っちまった。」
 周囲に横たわる仲間たちを見渡して、おれは口をつぐんだ。 ブルの部隊も、どうやら彼以外は戦死(KIA)か、作戦行動中行方不明(MIA)となってしまっただろう事は、容易に想像が付く。

 おれたちの通って来た道のりは、想像を絶する過酷なものであった。 作戦領域に到達するや否や、気が遠くなるほどの高高度からの垂直ダイブ。 そしてそのまま、死の海に飛び込む。 まさに地獄絵のような光景だった。 おれたちは仲間と身を寄せ合って、身体を融かす死の海を、必死に耐えながら進んだ。
 多くいた仲間は、徐々に散り散りになっていった。 死の海を渡り終えた後も、永遠とも思える長い、真っ暗な迷宮を這いずり、やっと目的地に辿りついたのだ。 その道のりは、困難を極めた。

 志半ばにして死んでいった仲間は、みな口々に言った。
『すまない、俺はここまでのようだ。 ・・・どうか、後を頼む。』
 そのひとつひとつに、おれは答えた。
『あとは任せろ。 安心して眠れ。』
 作戦が始まってから、まだ丸一日も経っていないというのに、もう何年も歳を取ったかのような疲労感がある。 きっと、ブルガリアも同じだろう。
 俺たちには、戦場で芽生える固い友情が生まれていた。 じきに、こうして言葉を交わすことも無くなる、その事ももちろん知った上で。

「そろそろだ、ブル。」
「…ああ。」
 最終目的地に到達し、おれたちは携えてきた武器を構えた。 ここが、戦闘線の味方第一線。 最前線だ。 先に到着した同胞達の死屍が散らばる中を、一歩ずつ、彼らの想いをかみ締めるようにして、進む。



『また来たのか。 まったく、懲りないお客さんだな。』
突然、物陰からターゲットが現れた。
ウェルシュ。 醜い罪人。 ヤツらを駆逐せよというのが、おれたちの任務だ。
「…出やがったな」
 おれはすかさず、照準を定める。 呆れたような表情で、敵である俺達を認めると、ウェルシュは愉快そうに笑った。
『バカめ。 たった二人で何ができる? 逃げ出したほうがよっぽど利口というものだ。』
ヤツが上機嫌に合図すると、物陰から、隠れていた敵の大群が、おれたちを包囲した。
『おっと、もう逃げることもできないかな?』
ヤツの言葉に、敵は口々に哂い声をあげる。

「ビフィード」
 ブルガリアはおれの名前を呼ぶと、小さな笑みを浮かべ、おれの背後を守るように武器を構えた。
「背中は任せろ」
 動じないおれたちの態度に、ウェルシュが機嫌を損ねたように悪態をつく。
『…なんだ、お前達、生き延びたくは無いのか? もっと怯えるものかと思ったがな。 つまらん、バカの一つ覚えか。』
 おれは、死んでいった仲間のひとりひとりを思い描いた。 同じ故郷に生まれ、育った同胞達。
あいつらの悲願を、おれたちの任務を、完遂するんだ。 大切なひとを、守るんだ。
「……自分たちだけ生き延びられるだなんて、都合の良いことはハナから考えちゃいないさ。」
 顔を上げたおれは、敵に向かって怒りのままに言葉を発した。
「お前らクソ悪玉菌と一緒にするんじゃねえよ。 お前らを一匹でも多くここから追い出すのが、俺たちの任務だ。 わかったらケツを蹴り上げられる前に、とっとと出て行きやがれ クソ野郎」
 背中から、相棒の愉快な笑い声が聞えた。
ウェルシュは悪玉らしい残虐な笑みを浮べて、言った。
『そうかい。 威勢だけは認めてやるよ。 いいだろう。 お望みどおり、お前らもお仲間同様、ここでお陀仏にしてやる』
「やれるもんならやってみな」
 どちらともなく引き金は引かれ、戦端は開かれた。

 山ほどの敵を倒したおれとブルガリアは、最後はウェルシュにつかまった。 敵はまだ、俺達を取り囲むほどに多勢で、邪悪に満ちた嘲笑と罵倒が、倒れた俺達に降り注ぐ。 ブルガリアは、致命傷を負っていた。
『いい気味だ!』
 満身創痍のおれたちを、ウェルシュは足蹴にして嘲笑った。 息も絶え絶えなブルが、膝をかかえて蹲り、うわごとのように言う。
「ビフィ。 おれたち、がんばったよな。 ユキちゃん。 これで、元気に…」
 珍しく弱気な笑顔で、ブルガリアは繰り返す。 おれたち、大切なひとを、守れたんだよな。ああ、ユキちゃん、元気になってくれ。 どうか。
「ああ そうさ、俺たちはやったんだ。」
 大丈夫だよ、ユキちゃんはきっと、元気になれる。
『おいクソども、手こずらせやがって。 ずいぶん派手に殺してくれやがったな。 いいか、お前たちは楽には死なせねえ。 たっぷり痛めつけて、なぶり殺しにしてやる!』
 醜い顔で、勝ち誇る。 ヤツなりの勝利宣言なのだろうか。 だとしたら笑える。
 おれは、隠し持っていた爆弾のスイッチを押した。
「俺たちの勝ちだ、ブル。」
 ブルは、返事をしなかった。 笑顔のまま、ただそこに横たわっていた。
一瞬、去来したものは悲しみだったけれど、すぐにそれは、まだ見ぬ希望へと変わる。
「あとは任せろ。 安心して眠れ。」
 周囲の仲間の身体に、ひとつずつ仕掛けられた連動式の爆弾が、次々に爆発を始めた。
近くにいた敵は為す術なく、爆発に巻き込まれて骸の山の一部となる。 ウェルシュが恐怖の張り付いた表情で、狂ったように叫んだ。
『きさま、何をした!』
 奴はすぐに、目の前のおれの身体にも爆弾が仕掛けられている事に気がつき、悲鳴を上げた。
俺は、そんな悪党に、笑いかけてやる。
「くたばれ、悪玉野郎」
『―――クソッ』
 さようなら、ユキちゃん。
視界が白く消え去る瞬間、おれは視界一杯に、たいせつな人の笑顔を思い描いていた。




 その日、長く苦しんだ便秘から解放された、ヤマモト ユキさん宅のキッチンテーブルでは、ヤクルトとブルガリアヨーグルトの空容器が、窓から差し込む陽の光を受けて、ちょっぴり誇らしげに、輝いていた。


 了



2010.02.28 Update.

  


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《あとがき》
生きて腸にたどり着いた乳酸菌のお話でした。


※実際の乳酸菌は、銃撃戦や自爆など行いません。
  また、乳酸菌は便秘の即効薬ではございません。
  お話の内容には、事実に反した誇張が多くございます。


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