ゆるゆるSF企画 参加作品



『ピー』




 ピー氏は、地球との外交任務を託された、全権大使である。
 彼らの母なる星、リツギ星は、義理堅い気質の民族が住まう星だ。『律儀者の子沢山』、という日本の諺に似た俚諺が、彼らの惑星にもある。その言葉の通り、リツギ星人は皆、品行方正で円満な家庭を築く。ピー氏もまた、8人の子宝をもつ働き盛りの外交官であった。
「航海4036日目。リツギ星標準時3時12分、ついに太陽系第三惑星『地球』へと到達した。今後の現地民との接触に備え、これより周回軌道上にて待機する」
 ピー氏と、部下のポーの2名は、今、長い長い航海の果て、ついに未知なる目的地『地球』へと到達したのである。 4036回目の航行記録を終えたピー氏に、航海士であり、参事官でもある部下のポーが喜びの声をかけた。
「ピーさん、いよいよですね」
 部下の目は光に満ちて、声には興奮が感じられた。船橋の中央に位置する船長席で、ピー氏は力強く頷いた。立ち上がり、部下のもとへ歩み寄ると、銀色の宇宙服に包まれた肩を叩き、眼前に広がる青い惑星を眺めた。
「ああ、いよいよだ」
 青い惑星、地球を目指して、長い間旅をしてきた。広大な宇宙の、遠く遠く離れた太陽系に、自分達と同じ姿をした知的生命体がいる。それを発見したときから、リツギ星は律儀に、地球人との対話を夢見てきたのである。
 参事官はピー氏と視線を並べて、地球の美しさに目を細めた。
「リツギ星に負けないくらい、美しい惑星ですね。無人調査機の記録は何度も目にしましたが、実際とは、比べ物になりません」
「本当だな。銀河の果てに、これほど美しい惑星があったとは」
 この星には、彼らが有史以来初めて邂逅する事となる、知的人類が存在するのだ。
 二人はリツギ星で初めて、異星人との友好と外交を結ぶ為に、数え切れぬほどの星の海を越えて、旅をしてきたのだった。

 ピー氏の胸中には、まずは一握の達成感と、愛しい妻の笑顔、そして8人の子供達の笑顔が浮かんだ。このような遠い銀河までやって来ては、母星との即時通信は不可能だ。会えぬ間に言葉を話すようになったであろう、一番下の我が子に思いを馳せる。
 今回の任務が大変危険なものだということは、目的地が宇宙の遙か彼方であることや、全ては初めての試みである所からも、重々に承知する所であった。しかしピー氏は、それでも進んで、この任務に志願したのである。
 広大な宇宙のどこかにいるであろう異星人との、交流の架け橋になることが、ピー氏の幼い頃からの夢だった。
 妻は、「あなたは律儀なひとだから、自分の夢にも律儀でいて」と笑顔でピー氏を見送った。部下のポーにとってもまた、家族の支援は大きい。彼女は結婚して間もない新郎を母星に残し、この船に乗ったのだ。そして何よりも、ピー氏たちの肩には、家族だけではなく、リツギ星の全国民の期待が掛かっている。

 かくしてピー氏とその部下は、感慨もそこそこに、今後の方針を議論し始めた。
「さて、ピーさん、まずはどの国に降り立つかを考えねばなりません」
「そうだな。ここからが正念場だ」
 リツギ星と通信して指示を仰ぐ事は不可能なので、今後の方針は全てピー氏に一任されている。事前に行われた無人機による調査では『地球は未だ惑星として統一の国家を持っていない』との報告を受けていた。 どの国と最初のコンタクトをとるのか、そこからが重要なファクターになると思われた。
「分析によれば、北半球に存在する『日本』という島国が、我々リツギ星人とよく似た気質をしているとありますが…」
 ポーは、コンソールに表示された地球の世界地図に、指を立てる。 瞬時に、日本に関するデータが空間に展開した。
「ふむ、勤勉で、義理堅く、技術力もあるようだ。地球に原生する人類の中では、とりわけ倫理の高い国だそうだな」
「ええ。また、『日本』は他の国家と比較しても、比較的平和な国家であるとの分析報告が出ています。我々を見るなり、攻撃をしかけてくることもないのでは。ピーさん、どうでしょう、『日本』の民とまず始めにコンタクトを取るというのは」
 ポーは、はやく地球に降りたくてたまらない、という気持ちを隠しきれずに、身を乗り出した。
 ピー氏は慎重に腕を組み、眉間を寄せた。 ふたりが参考にできるのは、無人機の調査データを本国で解析した結果だけなのだ。
「それは早計というものだ、ポーくん。 これらはあくまでデータにすぎない。 焦って判断を誤ってはいかん。 だがコンタクトを取るなら、少しでも技術水準が我々に近しい国が望ましいのは確かだ。 まずは『日本』が報告通りの国であるかどうか、検証が必要だ」



 12月24日、午後11時04分。
 地下駐車場警備の業務を終えた浜中は、駅横のおでん屋で、一人寂しく酒を呑んでいた。駅前には、例年に見ないほどの立派なツリーが設置され、LEDの電飾が目に眩しい。
 ガード下の飲み屋にまで微かに聞えてくるクリスマス・ソングに、彼は眉間に皺を寄せて店主におかわりを要求した。
「まったく、夜中まで浮かれおってからに」
 面白くない、という色がありありと滲む浜中の声に、店主は「浜ちゃん、今日はもうこの辺にしといたら」と苦笑いを向ける。
 浜中は、42歳の会社員である。お見合いパーティーで出会った女性をあと少しで口説き落とせるはずだったのに、つい先日、予期せぬ別れを告げられて、イヴの夜にひとり、飲みに繰り出したのだ。“あと少しで口説き落とせた”という話をもう十何回も聞かされている店主は、目の前の気の毒な客を見つめ、「哀れだがもうそろそろ帰って欲しい」と考えていた。
「あともうちょっとやったのになー。 なんでアカンかったんやろうなぁ。」
“めっちゃオッパイでかかったんやで?” この台詞は最も多く聞かされている。店主は小さな溜息をついた。浜中は普段はとても真面目な男だが、大体の人間がそうであるように、酔うと下品で粗忽な性格になるのであった。そして厄介なことに、その思考回路は完全な螺旋路に迷い込んでいる。
 11時半ばを過ぎて、浜中が眠そうな表情で「かえる」と言い出したとき、店主は思わず嬉しげに「メリークリスマス!」と声を弾ませてしまった。

 冬型の気圧配置により、縦縞のユニフォームを着た日本列島は、今年一番の冷え込みを見せている。列島にかかる等圧線の数は10本を超え、東北では1mを超える大雪の一日になっていた。
 飲んだ酒のおかげで身体はあまり寒さを感じなかったが、雪でも降りそうな、恋人たちに誂えたような天気が、今日の浜中には少々腹立たしい。女性のいるお店に行けばよかったな、と少し後悔した。
「寂しい。」
 自覚してはいるが、声に出してみると涙が出そうになって、浜中は気を紛らわせるために黒田節を歌い始めた。酒は呑め呑め、呑むならば、と歌いながら、千鳥足で、赤信号を無視する。
 すると、どうしたことだろう。次第に陽気な気分になってきて、思わず笑いが零れた。ふわふわとした浮遊感が、心地よい。
 自宅のマンションまであと百メートルというところで、浜中は、だんだんと景色が遠のいてゆくのを感じた。お尻の下をすうすうとさせる浮遊感が、本当に浮いている事からくるものだと気が付いたとき、彼は、
「まずい、寝てしまったか…今日外で寝たら死んでしまうなぁ」
と、ぼんやりした頭で考えていた。



「ピーさん、成功です。 誰にも気づかれず、地球人をお招きする事が出来ました!」
 コンソールを操作していたポーが、にこやかな笑顔をピー氏に向けた。 宇宙船は今、再び大気圏の外まで上昇している。
「格納庫から直接、船橋に転送いたします。」
「いいぞ、ポー君。」
 程なくして、地球人の中年男性の入った透明なコンテナが、船橋の床面を押し上げてせり上がってきた。中に入った地球人は、緩慢な挙動で船内を見回している。ピー氏は、本国より持ち込んだ翻訳機を、容器にセットした。無人探査機が収集したデータを元に開発したものだ。 地球で使用されている主要20言語に対応している。
「リツギ星政府専用機『キッチリ』へ、ようこそ。突然のご無礼を、どうかお許し下さい。はじめまして、我々はリツギ星からやって参りました、リツギ星人のピーと申します。」
 地球人の男性が、首をかしげる。 そして二言ほど口を動かす。
『えっ、なんという名前のお店といいましたか?』
 翻訳機は、彼の言葉をリツギ語に翻訳すると同時に、小さなアラームを鳴らした。
「今、“店”といったか? 何故か地球の言葉が、うまく翻訳されないようだ。」
 リツギ星の科学技術の粋を集めた翻訳機であるが、機能を実践するのは、今回が初めてなのだ。不安そうに振り向いたピー氏に、ポー氏は役目を察して頷いた。
「先ほど地球人をお招きした場所は、日本の首都ではありません。恐らく、方言、土語というものがあるのでしょう。 少し調整が必要のようですね。」
 ポーは翻訳機を設定し、地球人の話すサンプルを元にして、翻訳を調整しなおした。これでコンテナの内側には、賓客の慣れ親しんだ言葉で、通訳が行われるはずだ。ピー氏が再び丁寧に非礼を詫びると、地球人は緩慢に頷いた。
『あ、kichiriって仰ったのですね。どうりで洒落た内装なわけだ』
 スピーカーからは、翻訳された丁寧なリツギ語が響く。どうやら調整は成功したようだ。
「この度は突然、申し訳ございません。少しばかり、この地球についてのお話を伺えれば、ご自宅までお送りいたします」
『いえいえ、お気になさらず。 私もひとりで、寂しかったところです。』
 地球人はにこやかに笑うと、やおら真剣な表情を浮かべ、部下のポーを見つめた。
『ところでそこのご婦人、素敵な胸をしていますね。触らせて頂けませんか』
 リツギ星人は、地球人とほとんど同じ容姿をしている。ポーは、銀色の宇宙服の胸元に手を当て、えっ、と凍りついた表情を浮べた。 突然地球人にかような提案をされるとは思いもよらず、ピー氏は彼女と視線を合わせて、困惑した。
「あの…すみません失礼ですが、初対面の女性に突然そのような… それは、地球なりの挨拶なのでしょうか?」
『世界共通の挨拶ですよ。わはは』
 地球人は笑った。 その陽気な様子に、ピー氏と、ポーは少し安心したように苦笑いを浮べた。
「…驚いたな。データから日本人はリツギ星人とよく似た気質だと思っていたが、なんとも冗談の好きな種族らしい」
 リツギ星では、冗談を言う人は少し変わった人、という印象で見られる。
「…そのようですね。驚きました。やはり事前に確認をしておいて正解でしたね」
 二人は頷き、コンソールを操作して翻訳のサンプル収集を行う傍らで、地球の文化や風俗についての質問を地球人に行った。そして、自分達はリツギ星からきた宇宙人であり、どうすれば日本人に迎え入れられるかを問うた。赤い顔をした地球人は、神妙な面持ちで答えた。
『日本人は、オンと、オフを大切にする民族です。日中は真面目に働き、仕事が終われば真面目に遊ぶ。冗談も、コミュニケーションのひとつなのです。』
 そういうと、「なんて言って」とまた陽気に笑い出す。ピー氏は感慨深そうに腕を組んだ。
「そうだったのか。」
『ちなみに、夜の“飲みニケーション”では、少々下品なくらいが良いでしょう。打ち解けるには、砕けた態度で相手に接するのが適当です。貴方ほどの年齢であれば、親父ならではのギャグも使いこなす事が可能なはずです』
「有難うございます。…して、そのギャグ、とはなんですか…?」
『私が教えて進ぜましょう。ただし、これはあくまでオフの時に使うのですよ』
 地球人の教示した、身振り手振りの『ギャグ』という冗談は、まるで親愛の儀式のようだとピー氏は感じた。





 翌日、世界中を衝撃的なニュースが駆け巡った。日本政府が、公式に地球外生命体を発見したと発表したのだ。
 政府の首脳陣はろれつの回らない関西弁で語られる異星人の言葉に戸惑いはしたものの、友好親愛のメッセージを届けたいというリツギ星人のたっての願いで、世界中のメディアを招いて記者会見を行うこととした。年の瀬のビッグ・ニュースに、各国の首脳やメディアは我先にと日本へと入国した。

 星空を背景に、宇宙船から降りたピー氏が、宇宙服のヘルメットから顔を出す。
 途端に、詰め掛けたメディア関係者たちは地鳴りのような歓声とフラッシュの嵐で答えた。ピー氏は品の良い笑顔を浮かべてゆっくりと手を振り、黒スーツに黒眼鏡をした屈強な男達が脇を固める中、たくさんの花で飾られた演壇に上がる。
 CNN、BBC、NHKをはじめとして、世界中の報道機関が、自慢のカメラで宇宙人の表情にフォーカスをあわせる。
 演壇の脇には、ピー氏のリクエストで呼ばれた、進行役の女性のキャスターが待っていた。ピー氏は対話式の記者会見を希望したのだ。彼は、駆けつけた地球人の、どんな質問にも誠意を持って答えるつもりだった。

 ――だがまずは、親愛なる地球人に向け、スピーチをしなければ。
 ピー氏の喉元には、小型化した翻訳装置が装着されている。うん、とひとつ喉を鳴らして、演壇上のマイクに口許を寄せる。
 空は既にとっぷりと日が暮れて、雲間に青い月が輝いて見える。夜だ。今、この地に集まった日本人を主とする地球人たちは、『オフ』なのだ。
 改めて演壇から皆を見渡せば、誰も彼も、期待に色づいた瞳で、ピー氏を見ている。
 ピー氏は笑顔を浮かべると、精一杯気取らない声色で進行役の女性を指さし、開いた両手を耳の位置でにぎにぎとさせながらこう言った。

『おう姉ちゃん、ええチチしとるやないの。揉ましてんか!』

 その瞬間、世界中が静止した。
 進行役の女性は凍りついた表情を浮かべ、会場は水を打ったかのように静まり返った。
 予想外の反応に動揺したピー氏であったが、数秒送れて、日本の複数のスポーツ新聞社が、シャッターフラッシュを連射しているのに気づいた。彼らの喜ぶ顔を認めて、ピー氏はマイクを掴みなおす。やはり、あの日本人の言った事は間違っていなかったのだ! 恐らく、挨拶だけでは“つかみ”とやらが足りなかったのだろう。
『ほんならワシのとっておきのギャグ、10連発行くでえ』
 ピー氏は両手を乳頭の位置に持っていき、身体を反らせて、ちくりマンボー、ちちくりマンボーと叫びだした。

 茶の間で中継を見ていた主婦は食べていたお茶漬けを噴出し、小学生はゲラゲラと笑い転げ、高校生は困惑をSNSに呟き、運転中のサラリーマンは営業車で事故りかけた。そして、政府首脳は泡を吹いて倒れた。

 地下駐車場の警備室で、主任の浜中は、テイクアウトした牛丼をつつきながら生中継のテレビを仰いだ。
 画面の中の人物をどこかで見たような気がするが、二日酔いに痛む頭ではよく思い出せない。
 たった今、放送コードに抵触する下ネタを元気に発した宇宙人の笑顔を映し、生中継は真っ青な放送事故画面に切り替わった。
 ぽかんと開けていた口を苦笑いの形にゆがめて、浜中はしみじみと言う。
「あのひと、セリフやなしに、名前にボカシいれてどないすんねや」

 異星人の来訪により、その日、地球上の人類は宗教や国家の垣根を越えて初めて、世界中で一つの同じ想いを共有するに至った。
それは、「明日のトップニュースをどうしよう」という、切実な想いである。

 

2013.08.29 Update.


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吉田ヒロ氏に敬意をこめて。
作中に登場する企業名は、実在のそれとは一切関係ありません。


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